【4】御城碁 無敗の十九連勝(21歳~33歳)
御城碁は、江戸城にて打たれる御前試合で、棋士にとっては極めて名誉な上、家元四家にとってはその覇権を争う上でも重要な対局でした。参加できる棋士は、家元四家の当主と跡目相続人、大名または旗本の中で碁技に特に優れた人などに限られていました。
秀策が初めて御城碁で対局した相手は、天保の四傑のひとりである安井算知七段で、先番の秀策が終始勝リ、十一目勝ちで勝利しました。そしてこれより最後の御城碁となる文久元年(1861)まで、秀策は十九回対局し、無敗の十九連勝という大記録を打ち立てています。
●秀策自筆扇
帰郷の際、秀策が瀬戸田の谷本兼次郎二段に贈った扇。対局後の心構えを記した詩。
●秀策より父母宛の書状
秀策は両親に宛てた書簡を数多く送っている。これは安政四年正月三日に送った手紙で、文面からも親孝行で心優しい人柄がしのばれる。
●無敗の十訣
唐代に活躍した王積薪(おうせきしん)の格言と伝えられる。秀策は対局に際しての座右銘とした。(版画家 長谷川富三郎・無弟の作品)
●父・輪三の書状
父が三原城内の友人に宛てた手紙。秀策のおかげで念願の日光参拝ができたことを通知している。
三人の天下人に使えた算砂
本因坊秀策は「碁聖」の名でも知られていますが、「碁聖」と呼ばれる棋士がもう一人います。第四世本因坊道策がその人です。
道策は十三歳の時に江戸へ出て第三世本因坊道悦に入門後たちまち頭角を現します。二十三歳で御城碁に初出仕し、着実にその力を磨き「天下に敵なし」と万人に認められるほどの強さで「名人碁所」を授かるなど最高位に昇り詰めました。
道策は棋力だけでなく、段位制や御城碁制度を整え、優秀な弟子を数多く育てるなど、元禄時代の囲碁の興隆を支えたことから「碁聖」として多くの棋士から尊敬されています。
秀策の「策」の字は道策にあやかったとも言われています。
本因坊道策(1645-1702)
道策は十三歳の時に江戸へ出て第三世本因坊道悦に入門後たちまち頭角を現します。二十三歳で御城碁に初出仕し、着実にその力を磨き「天下に敵なし」と万人に認められるほどの強さで「名人碁所」を授かるなど最高位に昇り詰めました。
道策は棋力だけでなく、段位制や御城碁制度を整え、優秀な弟子を数多く育てるなど、元禄時代の囲碁の興隆を支えたことから「碁聖」として多くの棋士から尊敬されています。
秀策の「策」の字は道策にあやかったとも言われています。